福岡高等裁判所 昭和48年(ネ)392号 判決 1974年5月16日
控訴人
堤政一
ほか五名
右訴訟代理人
木下秀雄
被控訴人
石橋七蔵
右訴訟代理人
伊達利知
外四名
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 訴訟承継により原判決第一項中承継前の原審被告堤千代吉関係部分を「被控訴人に対し控訴人堤キミエは金九六万六六六六円、控訴人松尾ルリエ、同堤義則は各金六四万四四四四円、控訴人堤浩一郎、同堤義樹は各金三二万二二二二円及び右各金員に対する昭和三七年七月二一日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。」と変更する。
三 当審(差戻前及び差戻後)並びに上告審における訴訟費用は控訴人らの連帯負担とする。
事実《省略》
理由
一原審相被告石川定美が昭和三六年七月二〇日被控訴人に対し、(一)金額金一五〇万円、満期同年一〇月三一日、振出地支払地ともに福岡県八女郡黒木町、支払場所株式会社西日本相互銀行黒木支店、(二)金額金二二〇万円、満期同年一二月一五日、支払地、振出地、支払場所ともに右(一)と同じの約束手形各一通を振出したことは当事者間に争いがない。
<証拠略>によれば、被控訴人が本件各手形を各満期に支払場所で呈示したが、その支払を拒絶されたことを認めることができる。そして、被控訴人が<証拠略>を提出したことにより、現にこれを所持していることは明らかである。
二被控訴人は控訴人堤政一及び承継前の原審被告堤千代吉が本件各手形の振出を保証したと主張するので、この点につき検討する。
1 <証拠略>によれば前記手形要件の記載された本件各手形の振出人たる原審相被告石川定美の記名押印と並んで、控訴人堤政一及び亡堤千代吉の記名押印のあることが容易に看取できるうえ、右両名名下の印影がそれぞれ同人らの印章によつて顕出されたものであることは控訴人らの認めるところである。
(一) ところで、本件各手形中控訴人提政一及び亡堤千代吉の氏名の記載については、
(1) <証拠略>によれば、右記名の筆跡が同控訴人の筆跡と同一であることが認められる。もつとも<証拠略>によれば、鑑定人鳩山茂は本件各手形中の右両名の記名が控訴人提政一の筆跡と異質の特徴もあり、特異な記載個所があるとはいうものの、類似性がかなり高いので、同一筆跡と不明領域の中間に属するので、同一かどうかを決定できないと鑑定したことが認められるので、これをもつて右認定を覆えすに足りないばかりか、むしろ右認定を補強するものというべきである。
(2) さらに<証拠略>を綜合すると、被控訴人はその子淳助とともに昭和三六年七月二〇日原審相被告石川定美から同人の振出した本件各手形の交付を受けた際、控訴人堤政一及び亡提千代吉に対し石川定美の氏名と連記して貰いたいと求めたのに対し、同控訴人が自己の署名とともに亡堤千代吉の氏名も代つて記載し、わざわざ同人の住所を確めたことさえあつたことが認められる。
(二) そして、さらに同控訴人らが右記名をするに至つた経緯については、右各証拠を綜合すると、同控訴人らは被控訴人から立木売却の斡旋を依頼され、時を同じくして原審相被告石川定美からも右立木購入の斡旋を依頼されたので、昭和三六年七月一五日両者を引合せた結果、同月二〇日代金三九〇万円で売買契約が成立して、同人は即日被控訴人に手付金二〇万円を支払つたこと、被控訴人は当初現金で取引するつもりでいたところ、原審相被告石川定美から手形で支払うことを求められて、やむなくこれを了承したものの、同人が申出た同人の親戚の者を保証人に立てることは、被控訴人において保証人たるべき者についてあまり知悉していなかつたので、仲介にあたつた控訴人堤政一及び亡堤千代吉に保証するよう求めたこと、同控訴人ら両名はこれを快く承諾したことが認められる。
<排斥証拠略>
(三) そうすると<証拠略>のうち控訴人堤政一の記名部分は同控訴人の自署したものであるから、また亡堤千代吉の記名部分は同人の了承のもとに同控訴人の代署したものであるから、いずれも真正に成立したものというべきである。
2 そこで<証拠略>の表面中原審相被告石川定美作成部分については成立に争いなく、控訴人堤政一及び亡堤千代吉作成部分については前記認定のとおり真正に成立したものと認められるので、同書証によれば、本件各手形の表面に控訴人堤政一及び亡堤千代吉の氏名が振出人たる原審相被告石川定美の氏名と並んで記名されていることが認められ、保証文言並びに何人のために保証を為すかの表示は認められない。従つて、手形法第七七条第三項、第三一条第三項、第四項により、同控訴人らは本件各手形の振出人のために保証したものと看做すべきである。
このことは<証拠略>によれば、当事者の意思としても振出保証であつたことが認められる。もつとも<証拠略>によれば、右記名があたかも共同振出であつたかの如く窺われないわけではないが、<証拠略>によれば、当事者としては共同振出と手形保証とを明確に区別せずして供述したことが窺われるので、これをもつて前記判断を左右するものではない。
三次に控訴人ら主張の消滅時効について判断を進める。
1 本件各手形の振出人の債務の消滅時効は、金額金一五〇万円のものの満期が昭和三六年一〇月三一日であり、金額金二二〇万円のものの満期が同年一二月一五日であるから、右満期の翌日から三年を経過したことによつて完成すべきものであつて、本件各手形の手形保証人たる控訴人堤政一及び亡堤千代吉の債務についても振出人と同様に考えるべきである。本件訴訟の提起されたのが昭和四三年一月六日であることは本件記録からこれを認め得るので、右各満期から三年を経過したことは明らかである。
2 ところで、<証拠略>によれば、被控訴人とその子淳助、嘉一郎、使用人牛島許が本件各手形の満期前から原審相被告石川定美らに対して屡々支払を請求していたことが認められるけれども、同時にそれは昭和三八年五月ごろまでのことであることも認められ、それ以後についてはこれを窺う資料は何もない。従つて、右期間内に控訴人堤政一及び亡堤千代吉が被控訴人主張の如くその都度債務を承認していたとしても、本訴提起時には他に中断事由のない限り、再度の消滅時効が完成していることになる。
3 また、<証拠略>によれば、被控訴人から委任を受けていた弁護士井上秀助が昭和四〇年一月六日弁護士木下秀雄から本件手形利息として金一〇万円の支払を受けたことが認められる(右利息が昭和三七年六月二六日までの分に充当されることは計算上明らかである)。しかし、右証拠によれば、右利息の支払は原審相被告石川定美のなした弁済であることが認められ、これが控訴人堤政一及び亡堤千代吉の弁済と認めるべき資料はない。右利息の支払による債務の承認が振出人たる原審相被告石川定美について時効中断(時効完成後であれば時効利益の放棄、時効援用権の放棄あるいは時効援用の信義則違反)の効果を生ずることは勿論であるが、このことが手形保証人たる同控訴人及び亡堤千代吉に対して時効中断の効力を及ぼし得ないことは手形法第七七条第一項第八号、第七一条の規定するところである。
4 そして、手形法の右規定と民法第四五七条第一項の規定とを対比するとき、被控訴人の原審相被告石川定美に対する本件手形金請求(原審では同控訴人らと併合審理)を認容した判決が昭和四五年五月一日同人に送達されたものの、同人から控訴申立がないまま確定したことは記録上明らかなので、同人の本件手形金債務の短期消滅時効が民法第一七四条の二の規定により一〇年に延長せられたというべきであるが、このことは、民法上の保証人が主債務者の時効中断あるいは時効期間の延長について影響を受けるのと異り、手形保証人については何らの影響を及ぼすものではないというべきである。
5 しかしながら、被控訴人が昭和三八年五月二七日控訴人堤政一及び亡千代吉ほか七名を相手方として福岡地方裁判所八女支部に詐害行為取消の訴を提起し(同庁昭和三八年(ワ)第三一号)、昭和四四年一二月二三日同控訴人及び亡堤千代吉に対する訴のみを取下げたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>を綜合すると、右訴訟においても本件各手形の振出保証の成否が争われていることを認めることができるので、被控訴人は右訴訟において本件手形金債権の存在を主張したものと推認できるところではあるが、そうだからといつて、右は単に詐害行為取消の先決問題たる関係においてその主張をしたにとどまるというべく、右訴訟の提起をもつて本件手形金債権の消滅時効中断事由としての裁判上の請求があつたと見ることはできない。しかも、控訴人堤政一及び亡堤千代吉が右訴訟の相手方たる適格を有しないものである。しかし、被控訴人は同控訴人及び亡堤千代吉に対して現に右訴訟を提起し、この係属中は本件手形金債権についての権利主張を継続しているものといい得べきであるから、少くとも民法第一五三条の催告として暫定的時効中断の効力を認めるのが相当である。従つて、右訴訟係属中時効中断の効力も存続し、訴の取下等による訴訟終了後六カ月内に他の強力な中断事由に訴えることによつて時効中断の効力は維持されるものと解するのが相当である。右訴訟が訴の取下によつて終了したことにより遡及的に時効中断の効力を失つたとする控訴人らの主張は、裁判上の請求として見る限りはともかく、裁判上の催告としての効力まで覆滅すると考えるべきでないこと前示のとおりであるから、これを採るに由ないものといわなければならない。そうすると、本件訴訟が昭和四三年一月六日提起されたこと前示のとおりであるから、控訴人ら主張の消滅時効は、右中断によつて未だ完成していないといわなければならない。
四してみれば、原審相被告石川定美が本件手形金内金八〇万円を支払つたことは被控訴人の自認するところであるから、これを控除して、控訴人堤政一及び亡堤千代吉は本件各手形の保証により被控訴人に対し右各手形金残金合計金二九〇万円とこれに対する各満期の後たる昭和三七年七月二一日以降完済に至るまで手形法所定年六分の割合による法定利息の支払義務があり、被控訴人の本訴請求は理由があるので、これを認容すべく、これと同旨の原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。しかし、承継前の原審被告堤千代吉が昭和四四年九月六日死亡し、妻の控訴人堤キミエ(相続分三分の一)、二女の控訴人松尾ルリエ、二男の同堤義則(相続分それぞれ九分の二)、三男の亡堤龍一の子である控訴人堤浩一郎、同堤義樹(相続分それぞれ九分の一)が相続人であることは当事者間に争いがなく、同控訴人らが本件訴訟を承継したことは記録上明らかである。従つて、右訴訟承継によつて原判決中亡堤千代吉に対して給付を命じた部分は新当事者たる同控訴人らに対してなさるべきものとなつたので、右相続分に従つて主文第二項のとおり変更することとし、当審(差戻前及び差戻後)並びに上告審の訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、第九五条、第九六条を適用し、仮執行免脱宣言は相当でないからこれを附さないこととし、主文のとおり判決する。
(池畑祐治 生田謙二 富田郁郎)